信頼関係は“貯金”である─部下が本音を語らない理由とは

ガイアシステム専務・青木による連載コラム「仕事論」。本記事では、クライアントや研修の受講者から実際に寄せられた問いをもとに、現場で起きている課題に向き合っていきます。
1on1も定期的にやっていますし、できるだけ話を聴くようにもしています。それでも、どこか壁があるというか、本音で話してくれている感じがしません。
部下との距離が縮まらないのは、なぜでしょうか?
第2回のテーマは 「上司と部下の信頼関係について」 です。信頼は「相性」ではなく、「積み重ね」で決まる。部下との距離が縮まらない理由を、構造から読み解きます。
信頼関係は“貯金”である
ある企業の管理職研修でのことです。
休憩時間が終わりかけた頃、一人の部長の方が、少し声を落として話しかけてくださいました。
「部下と信頼関係を築きたいと思っているんです。でも、どうも距離が縮まらないんです。1on1もやっています。話も聴いているつもりです。でも、本音を話してくれている感じがしなくて……」
とても誠実な方でした。
部下のことを真剣に考えているからこそ、悩まれているのだと感じました。
私は少し考えてから、こうお聞きしました。
「最近、部下の方との“約束”で、確実に守れていると実感できるものはありますか?」
その方は少し目を伏せて、
「……約束、ですか。」と静かに繰り返されました。
この問いは、私自身にも常に向けている問いでもあります。
信頼を生み出す最小単位は「約束」
信頼関係の築き方を調べると、
- 傾聴
- 承認
- 共感
- フィードバック
といった言葉が並びます。もちろん、どれも重要です。
その一方で、多くの現場を見てきた中で感じるのは、
信頼はもっとシンプルなところから始まるのではないか、ということです。
それは、約束を守ることです。
信頼を生み出す最小単位は、「約束」
これ以上に強い信頼形成行為はありません。
「相手の存在を、自分の行動予定の中に組み込む」という行為だからです。
忙しさの中で、約束は曖昧になりやすい
管理職という立場になると、日々の業務に追われ、非常に多くの責任を抱えることになります。
会議、意思決定、トラブル対応、上位層への報告。
責任が増えるほど、時間は圧縮されていきます。
その中で、こうした返答をしてないでしょうか。
「今日は時間が足りないね。また話そう。」
「後で確認しておくよ。」
「来週までに整理しておく。」
問題は、そのあとです。
あなたは、その約束を覚えているでしょうか。
私自身も含め、その「また改めて」が、具体的な次の行動につながらないままになってしまうことがあります。
部下の立場からすると、
- 話した内容を覚えてくれているか
- 自分との約束を大切にしてくれているか
こうした小さな積み重ねが、安心感につながっていきます。
逆に言えば、
- 覚えていない
- そのままになっている
これが続くだけで、表面上は変わらなくても、少しずつ距離が生まれていくこともあります。
これは、誰かが悪いということではなく、役割と忙しさの構造の中で起きやすいことなのだと思います。
信頼は、壊れるときだけ劇的に減るのではありません。
多くの場合、日常の中で、気づかれないまま、静かに少しずつ引き出されています。
信頼は貯金のようなもの
私は研修の中で、信頼を「貯金」に例えてお話しすることがあります。
- 部下の話を最後まで聴いた。
- 約束を守った。
- 困ったときに支援した。
こうした一つひとつの関わりが、“入金”のように積み重なっていきます。
しかし、一度の入金額は決して大きくありません。
一方で、
- 約束を忘れる
- 対応を先送りする
- 感情的に否定する
こうした行為は、“引き出し”になります。
信頼の本質は、ここにあります。
信頼は、一度の行動では生まれない。
しかし、一度の行動で大きく失われることはある。
積み上げるには時間がかかり、失うのは一瞬です。
これは、どの組織でも例外なく見られる現象です。
「正しさ」は、残高がなければ届かない
「私は間違ったことは言っていない。」
研修の現場では、管理職の方から、こうした率直なお話を伺うことがあります。
そして、その言葉自体は、本当にその通りだと感じます。現場を支え、組織を守る立場として、正しいことを伝える責任は、管理職にとって欠かせない役割の一つです。
その一方で、現場にいると、
正しいことを伝えているにもかかわらず、思うように伝わらない―
そんな場面に立ち会うことも少なくありません。
信頼関係が十分に築かれていない状態では、
正しい指摘であっても、「助言」ではなく「圧力」として受け取られてしまうことがあります。
同じ言葉であっても、
信頼関係があるときには、支えとして受け止められ、
そうでないときには、否定されたように感じさせてしまう。
これは、言葉の選び方以上に、
日々の関わりの中で築かれてきた関係性の影響が大きいのだと思います。
だからこそ、管理職の言葉が本当の意味で力を持つかどうかは、
日々の積み重ねによって育まれた信頼の土台に支えられているのではないでしょうか。
信頼は、「意図」ではなく「一貫性」によって生まれる
多くの管理職の方は、部下との関係を良くしたいと真剣に考えておられます。
私自身も、現場でそうした想いに数多く触れてきました。
その一方で、信頼関係は、「良くしたい」と願う気持ちだけで自然に築かれるものでもない。
そう感じる場面も少なくありません。
信頼は、
約束を守ること
態度に一貫性があること
向き合い続けること
こうした、日々の具体的な行動の積み重ねの中で、少しずつ形づくられていくもののように思います。
特別なことではなく、当たり前のことを当たり前に続けること。
その積み重ねが、結果として大きな違いを生んでいきます。
部下は、上司の言葉そのものよりも、
その言葉が行動としてどう積み重ねられているかを見ています。
そして、その一つひとつの経験が、
安心感にもなり、不安にもなり、関係性の土台になっていく。
これは、多くの組織の現場で、繰り返されてきました。
忙しい上司を、部下は責めない。だからこそ危険
上司が忙しいことは、部下もよく理解しています。
だからこそ、
「忙しそうだから、今は言わないでおこう」
「きっと余裕がないのだろう」
と、自分の思いや不安を心の中に留めることも少なくありません。
これは組織の中で自然に起きる配慮ですが、
こうした遠慮が続くと、知らないうちに心理的な距離が生まれてしまうこともあります。
しかし、それは信頼が維持されていることを意味しません。むしろ逆ではないでしょうか。
期待しなくなったとき、信頼関係は静かに止まります。
- 反論がなくなる。
- 相談が減る。
- 報告が形式的になる。
これは、問題がない状態ではなく、関係性が停止した状態です。
組織にとって最も危険なのは、対立ではなく、沈黙です。
信頼は「自然には生まれない」。設計されるもの
学生時代、信頼関係は自然に育ちました。
ですが、組織の中では、同じようにはいかないことの方が多いです。
時間には限りがあり、関わる相手も一人ではありません。
日々の業務に追われる中で、関係性はどうしても分散していきます。
だからこそ、信頼が自然に深まるのを待つだけでなく、
日々の関わりの中で、少し意識して育てていくことが大切になります。
たとえば、
・約束をできるだけ明確にすること
・節目で対話の時間を持つこと
・態度や判断に一貫性を持たせること
どれも特別なことではありませんが、
こうした積み重ねが、結果として信頼の土台を形づくっていきます。
これは精神論というよりも、
日々のマネジメントの中で実践できる、具体的な関わり方の一つだと思います。
信頼は、ある日突然生まれるものではなく、日々の小さなやり取りの中で、少しずつ育まれていくものなのかもしれません。
信頼とは、「相手の反応」ではなく、「自分の姿勢の履歴」
精神科医ヴィクトール・フランクルは、極限状態の中で、こう述べました。
”出来事そのものではなく、それに対してどのような態度を取るかは、常に自分が選べる。”
信頼関係も同じです。
相手がすぐに心を開くかどうかは、コントロールできません。
ですが、
約束を守るか
向き合い続けるか
一貫性を持つか
それは常に、自分が選択できます。
信頼とは、相手の反応ではなく、自分の姿勢の積み重ねによって形成されます。
おわりに|今日、いくら入金できるか
私自身も、日々の仕事の中で、「自分は信頼の“入金”ができているだろうか」と、
ふと立ち止まって問い直すことがあります。
特別なことをする必要はありません。
約束を守ること。
話したことを覚えていること。
そして、向き合い続けること。
そうした一つひとつの小さな積み重ねが、
気づかないうちに、関係性の土台を形づくっていきます。
信頼は、一日で築かれるものではありません。
しかし、日々の関わりは、確実に“残高”として積み上がっていきます。
そして、その積み重ねこそが、
組織を支え、同時に、管理職である自分自身を支えてくれる土台にもなるのではないでしょうか。

青木 佑介(Yusuke Aoki)
株式会社ガイアシステム 専務取締役
With+ウィズタス 教育研修事業 事業統括責任者
エグゼクティブコンサルタント
大学時代は、心理学・リーダーシップ論を専攻、2006年新卒で入社。人材総合コンサルタントとして、派遣・紹介・社員採用を通じた様々な企業サポートに従事。入社2年で50名が所属する大阪支社副責任者に抜擢。2008年、同グループのNPO法人の立上げに携わり、ソーシャルビジネスや企業CSRのコンサルタントとしても活躍。2009年、神戸本社にて教育事業部を立ち上げ、事業部の責任者を担いながら、自身も人財育成・組織マネジメントコンサルタントとして、年間100社、2000名、延べ約1万2千人の人材育成に携わる。自身の実体験から見出されたリーダーシップ論、組織マネジメント論は、数多くの経営者・リーダーから支持を受けている。最近では、従来の研修ベンダー会社では対応できない、企業の幅広いニーズに応え、社会のリーダーの輩出に数多く寄与する。2019年より同社専務取締役に就任。2020年同グループ会社である株式会社ガイアサイン専務取締役に就任。
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